caremake interview 20180206

CAN CER GIFT(キャンサーギフト)/河野一子様

 ■日本ケアメイク協会/YouTube公式チャンネル【caremake interview 20180206】
Q1.自己紹介をお願いします
A1.
乳がんアドバイザーの河野一子と申します。
1999 年に 44 才で乳がんの告知を受け、乳がん手術、抗がん剤治療、放射線治療と、ホルモン療法と言われる内分泌療法が 5 年、フルコースの乳がん治療を受けた、乳がん体験者です。
自分自身の乳がん体験後、患者会や患者支援団体を設立し、乳がん患者さんやご家族への支援活動をしてきました。
現在は、乳がんアドバイザーとして、患者さんやご家族のご相談をお受けし、キャンサーギフトと名付けた、乳がん患者サロンを運営し、おしゃべり会や勉強会などを行っています。
乳がん患者さんから「乳がんになっても、長く生きていらっしゃる方にお話を聞きたい」と、言われてご相談をお受けする事があります。
私自身、乳がんから18年目ですが、こうして毎日生きているだけで、今、治療を始められる方に勇気を持っていただけるのかもと思うと、とてもうれしく思います。
私は、自分が治療中に HP を立ち上げ、それをきっかけに患者会などの活動を始めましたが、乳がんと闘う仲間として、私自身も同じ患者さんから生きるちからをいただいてきました。それを、少しでもお返しできればと思いながら、活動をしています。
Q2.ご自身が、乳がんの告知を受けた時は、どう思われましたか?
A2.
私が告知を受けた当時は、がん=死のイメージが強くて、自分自身もがんになったら助からない、死ぬかも知れないという恐怖で、人生最低最悪の時間でした。
当時の私には、乳がんに関する知識や情報がまったくなかったので、告知を受けて、これからどうなるのか、どんな治療を受けるのか等、ともかくただただ不安でした。10 才(小 3)と 16 才(高1)の娘が二人いたのですが、子ども達や家族に、母として充分な事ができなくなるのではと、申し訳なく思いました。
Q3.乳がんの治療を始められてどうでしたか?
A3.
手術の為に入院した頃は、毎日泣いていました。
どうして私ががんになったのかとか、私のどこが悪かったのかとか、長くは生きられないのか、子ども達の成人式の準備もしてやれないのかとか・・、あの頃は「がん」という病気に負けていたのだと思います。自分の将来も見えず、夢も希望も持てず、いま生きている事が精いっぱいでした。
Q4.そんな河野さんが、今のように前向きになられたのは、どうしてですか?
A4.
私が自分を取戻したのは、他のがん患者さんの存在を知ったからでした。
私は、乳房温存手術だったので、術後は放射線治療の為に、設備のある大学病院に通院しました。放射線科の待合室には、いっぱいの患者さんがいました。
それまで自分だけが、がんになって不幸だと泣いていましたが、よく考えると、その待合室にいるのはほとんどが、がんの患者さんでした・・。
こんなにもたくさんの方が、がんの治療を受けていらっしゃるのだと、その時、初めて知りました。
自分だけじゃないのだと・・。
へんな言い方かも知れませんが、ホッとしたような気持ちで、よし!自分も負けずにがんばろうと、初めて素直に思いました。
翌日から、なんとか前向きに通院する方法はないかと考えて、放射線治療を終えるまで、毎日違う服で通院しようと決めました。前日の夜に、次の日の服を選びます。
そんなに手持ちの服があるわけではありませんが、あれこれコーディネートをしながら、バッグに靴にと考えていると、通院という憂鬱な気持ちが、少し軽くなるように思いました。
女性ならではなのかも知れませんが、おかげさまで、放射線治療を、週に 5 日、5 週間、25回を無事に終えました。
その後、自分で闘病を綴った HP を作り、それが患者会に発展し、同じ乳がんの患者さんと多くの交流を持つようになりました
放射線治療の次は、抗がん剤治療でした。テレビドラマでは見た事がありましたが、自分の身に起きるとは、夢にも思いませんでした。
副作用も、主治医がコントロールはしてくれましたが、脱毛や皮膚や爪の色素沈着、吐き気など一通りは経験しました。
私は、特に爪が黒く変色し、足の爪は3本ほど、抜けてしまいました。変色した爪を人に見られるのが、とてもイヤでした。顔色も悪くなり、髪も少なくなり、鏡を見るのも憂鬱でした。
当初は、できる限り、外に出ないようにしていましたが、買い物や、毎週の通院、子ども達の学校行事は、欠かすことができず、気づかれないようにうつむいていました。
でも、ある時、鏡に映った自分がとてもかわいそうになり、何とかしなくちゃと思いました。乳がんの治療の為とはいえ、こんなにも変わってしまった自分に申し訳がないような・・。
そこで、顔色の悪さをカバーする為に、下地用ファンデーションを買い、ついでに新しい口紅も買いました。
きれいに丁寧に念入りに化粧をし、新しい口紅をつけると、元気になった気がしました。
子ども達も、「ママ、きれいになったね」と言ってくれました。
私が、メイクに目覚めた瞬間かも知れませんが、見た目を整える事が、自分のエネルギーになる事を、身をもって知りました。
Q5.ご自身の乳がん体験で、特に感じられた事はなんでしょうか?
A5.
治療の事は、病院、主治医と話し合って進めていくので、あまり問題ではありませんが、治療に対するモチベーションというか、治療の日々にどう向き合っていくのかが重要だと思いました。
日本では、病人は病人らしくとのイメージが強く、私は治療中に、特に外見に気を配っていたので「乳がんの人には見えへんわ」と言われる事さえありました。この意見はとても残念だと思います。
人にとって外見は全てではありませんが、見た目のイメージは、自分自身にとってもとても重要です。
私は、メイクをする事で、元気な自分、前向きな自分を作る事ができました。ただ、がん治療のさなかに、1人でそう思う事は、簡単ではありません。
実は、乳がん関連の活動中の 2008 年、アメリカに、がん患者さんが治療中に必要な美容ケアの講習を無料で受けられる“ルック・グッド、フィール・ベター(LOOK GOOD...FEELBETTER)というプログラムあると聞き、アメリカまでお話を聞きに行きました。
そのプログラムを日本でも、実施できないかと、活動しましたが、残念ながら当時は実現できませんでした。
Q6.ケアメイクについて、どんなふうに思われますか?
A.6
私が、がん治療中の外見ケアのプログラム、アメリカのルック・グッド、フィール・ベターを知って約 10 年、やっと日本の患者さんを取り巻く意識も、変わってきました。
病気の治療には、医療だけではなく、治療へのモチベーションや意欲も必要だという事が理解されるようになりました。
がん治療は、新薬や新しい治療を含め、大変進歩を遂げていると思いますが、がん患者の心身のケアとして、これからは、治療中の外見の辛さにも、関心を寄せていただき、治療中であっても、その人らしくより前向きな人生を生きて行けるようになればと思います。
日本ケアメイク協会も設立され、日本化粧療法学会も設立準備中とお伺いしました。がん体験者として、日本ケアメイク協会の活動に、心から期待しています。
【お問い合わせ先】
CAN CER GIFT(キャンサーギフト)
代表:河野一子
URL:http://cancer-gift.net/index.html
メール:info@cancer-gift.net