全国老人保健施設協会 機関誌『老健 2018年3月号』
全国老人保健施設協会 機関誌『老健 2018年3月号』インタビュー
公式サイト:http://www.roken.or.jp/
本協会講師でありNOTICE主宰の「大平智祉緒先生」のインタビューを掲載いたします。
●順天堂医療短期大学卒。看護師。順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センターでの勤務を経て、平成27年よりメイクセラピストとしての活動を始める。高齢者や患者を対象にメイクセラピーを実施するほか、市民向け講座等で講演を行う。看護師として訪問看護でも活躍。
医療・介護の従事者に美容整容のもつ力を伝えたい
●インタビューページ:PDF
―メイクセラピー等に関する現在のご活動について教えてください。
大平:一般社団法人日本ケアメイク協会に所属し、各地で講演等の活動をしています。また、「NOTICE」を主宰し、地元の介護福祉施設と提携してメイクセラピーを実施しています。福祉センター等の講演では、“ 高齢期を心豊かに過ごしていくためには身だしなみも大切ですよ” という啓発も行っています。
メイクセラピーという言葉に馴染みのない方もいるかもしれません。私が考えるメイクセラピーとは、高齢者や認知症の方、療養中の方などに意図的・計画的にメイク(美容整容行為)を行い、心理的・社会的・生理的な活動を促進させて、QOL の向上を図るものです。
具体的には、まず、その方がどんな暮らしをされてきて、どんな方なのか、よくお話を聞かせていただきます。そして、顔や手に優しくていねいに触れていくことで不安や緊張を緩和し、メイクやネイル、整容で外見をその方らしく美しく整えていく。自己への関心を再び高め、主体的な行動ができるように支援し、生活機能を改善・向上させることがねらいです。
美容には、手から愛情を注ぎ、心を温め溶かしていくという点で、母親が子を抱きしめるときのような優しさがあると考えています。私は、病気や障害、加齢などにより美しく装うことを諦めている方にこそ、このメイクセラピーを届けたいという思いがあります。
少し前までボランティアで、東京大学附属病院の「外見ケア」のイベントブースで、入院患者さんへの美容ケアも行っていました。その経験から、治療の過程や患者さんの背景・状況を踏まえ、個人の尊厳の尊重やストレス緩和のために、メイクセラピーを緩和ケアの1つに組み込むこともできるのではないかと考えています。
外見のケアで患者を支えたい家族にとっても外見の印象は重要
―看護師の大平さんが、メイクセラピーや美容・整容など、外見に関する活動に取り組むのは、どのようなお考えからですか。
大平:そもそも看護師になったのは、父をがんで亡くしたときの経験からです。
どんどん弱りやせ細っていく父を見て、当時中学3年生だった私は、「お父さん、かわいそう。何もできなくてごめんね」という思いにとらわれて、亡くした後も10年ほど、その思いを引きずっていました。大切な人を失うときに、こういう思いはしたくないし、他の方にもさせたくないと思い、ターミナルケアや緩和ケアができる看護師、ご家族と一緒に看取りができる看護師になろうと決意しました。
その後、兄から「お父さんは好きなことをやって生きて、幸せだったんだよ」と言われ、はっとしました。私は父の最期の外見の印象から、「お父さんはかわいそう」と思い続けていて、実は父の生き方がよく見えていなかった。そのとき、外見は、患者の家族にとっても、とても重要なのだとわかりました。
看護師になって病院に勤務し、高齢者医療の現場に入りました。当時はどんなにご高齢であっても、若年者と同じような治療がされており、ご本人の意向よりもご家族の意向が優先されていることに驚きました。ご本人はどう感じているのだろうか。治療そのものが苦痛になっているのではないか。そんな疑問を抱えながらも、いつのまにか私は、“ 患者を支える” というより“ 治療を支える” 看護師になっていました。
その頃、看護学生が認知症の方の爪にマニキュアを塗ってあげたいと言ってきました。学生から「メイクセラピー」という言葉を聞いたとき、正直、「なぜ病棟で?」と思ったのですが、心理的な面でよい効果があるというので許可しました。
マニキュアを塗られた患者さんは、学生が帰った後にもずっと爪を眺めていて、私が「きれいですね」と話しかけたら、それまでにはなかった笑顔を私に返してくれました。私はそれまで、彼女を1人の患者さんとみて看護を提供してきたけれど、その方が生活のなかで、こういうかわいいものを喜ぶ方であったことに十分に気が回っていなかったかもしれない。この件は、自分の看護を見直すよいきっかけになりました。
きれいになることで、情動によい刺激があったことを目の当たりにしたので、患者さんを外見ケアの面から支えられないかと思い、メイクセラピーを学びました。その後、結婚を機に病院を退職して、メイクセラピストとしての活動を中心に行うようになって、いまに至っています。
化粧には他者との交流を促進する効果も大きい
― 医療や介護の現場において、外見を整えることで、どのような効果があるのでしょう。
大平:身だしなみを整えて化粧をすることで、なりたい自分のイメージに近づき、情動によい効果があります。
また、他者との交流が促進される効果もあります。例えば視覚障害者のブラインドメイクについては、メイクをするようにしたら自信がついて、顔を上げて歩けるようになったという当事者の声を聞きますし、駅などで「大丈夫ですか」と知らない方からも声をかけられるようになったという経験談も聞きます。高齢者でも、外見を整えている方のほうが、周囲の人が話しかけやすいということがありますね。化粧の、他者との社会的な関わりを促進する効果は大きいと思います。
以前、老人ホームに入居中の90代の女性の爪にマニキュアを塗ったら、その姿を見てお孫さんが喜び、今度はお孫さんが塗ってくれるようになって、当初は眉をひそめていた女性のご主人から感謝されたことがありました。
家族の視点での経験としては、私の祖母が亡くなる3日前に、入院中の祖母にお化粧をして、祖母がつくった洋服を着せてあげて、親族で集合写真を撮ったことがあります。化粧をした瞬間に、祖母の目つきががらっと変わったんです。看護師さんからも「こういう方だったのですね」と拍手が起きました。最期まで祖母がきれいだったという記憶は、遺された者には力になります。外見のケアは、グリーフケアにもつながります。
患者さん、高齢者の方が自分で手を動かして化粧をする場合には、作業療法や生活リハビリの側面もあると思います。料理と同様に、化粧にも順序があって、手順を考えながら、仕上がりを鏡で確認しながら化粧をするのは、実は簡単なことではないのです。化粧品の蓋を開け閉めする回数も多いし、指先を使う繊細な作業が多いため、運動機能も使います。そして最後には自分がきれいになってうれしい。化粧をリハビリという視点でみても、よい効果があります。
これまで保健医療福祉領域において、外見の問題は後回しにされてきました。特に化粧は、顔色がわからなくなる、検査に支障が出るなどの理由で、患者がしてはいけないとされてきました。しかし、顔は一瞬にして年齢、健康状態や人となり等を知ることができる言葉以外のコミュニケーションの媒体です。病人のような見た目のままお見舞いの方と面会するのは嫌だと感じ、周りとの交流をシャットダウンしてしまう方もいます。
健康な私たちですら、休日に一日中すっぴんでパジャマのままで過ごしたら、気持ちに張りがなくなってしまいますよね。病院では患者をあえてそういう状態に置いてしまっている。
患者でも最低限の美容はしてもいいのではないでしょうか。眉毛くらいは描いてもいいのではと思います。急性期の、手術前などはすっぴんでも仕方がないですが、療養の経過が長くなってきたら、化粧も少しずつ取り入れて、患者さんに自分らしさを取り戻してもらうことが大事です。
私は看護師として、死後化粧をしてきましたが、なんで最期だけなんだろう。生きているうちから何かできるのではないかと疑問をもっていました。看護教育では、整容はあったけれども美容や化粧については触れられなかったんです。しかし、看護ケアの1つとして、外見のケアを入れてもよいのではないでしょうか。
元気なときに当たり前のようにやってきたことを、病気をもっていても高齢でも障害があっても継続できるように、医療職や介護職がフォローすることが必要なのではないかと思います。ご本人がなかなかそんな気分になれないとき、こちら側から声をかけ、ご本人の好みや価値観が反映されるような外見に整え、自分でできる方法を提案するという支援のかたちもあります。
在宅復帰に向けて整容で生活のリズムづくり
―今後はどのようなことをめざして活動していかれますか。
大平:医療・介護従事者の皆さんに美容・整容のもつ力をもっと知ってもらいたいと思っています。 ほんの少し意識することで、日常のケアに活かせることがあるのではないでしょうか。
今年は、民間企業が介護職に向けて高齢者向けの美容の技術や知識を教える人材育成プログラムの一環で、介護職にメイクセラピーを教えていく予定です。
ゆくゆくは医療の現場でも、天井をながめて過ごすことが多い患者さんに、メイクセラピーを届けられたらと思います。メイクセラピーを、エンド・オブ・ライフケアの1つとして、いまを大 切に生きることを支えるケアとして、確立していけたらいいと思っています。
とはいえ、忙しい看護師の業務をさらに増やすのは難しいと思うので、こういったことができる専門的な職種が現場に加わってもいいのかなと 思います。いつか、ボランティアではなく、メイクセラピストが専門職として認められるようにな るのが理想です。
医療に取り入れていくためには、エビデンスを集めることが大切といわれます。現在、日本ケアメイク協会では、化粧療法学会の設立を進めています。何をもって“ 療法” とするのか、化粧療法の定義を固めることから始め、その推進のために現場と研究者が手を結び研究を進めていこうという流れになっています。
―老健施設へのメッセージをお願いします。
大平:介護されている方には、口には出さないけれど実は化粧をしたいと思っている方が多いのです。「介護されている身分なのにお化粧なんて…」と遠慮したり、職員の負担を増やさないように気を使ったりしている方も多いはずです。
しかし、在宅復帰をめざす老健施設ではなおさら、美容・整容が重要だと思います。地域で暮らしていくためには、まず身だしなみを整えるこ とが大切です。老健施設に入所しているうちから、朝起きて身だしなみを整えるなど、整容で生活のリズムをつくり、リハビリへのモチベーションも高めてもらうようにしてはどうでしょうか。
正直なところ、メイクセラピーというと、まだまだ医療関係者には理解されにくいと感じることがあります。しかし、昨年9月に、「MED プレゼン2017」(一般社団法人チーム医療フォーラム主催)においてメイクセラピーについて発表をしたところ、医師で老健施設(大誠苑)の理事長である田中志子先生とスタッフの方々が、それぞれに声をかけてきてくださった。介護の場にはそういう方々がいるということが、私には大きな希望に思えます。
―本日は、どうもありがとうございました。
※このページは公益社団法人 全国老人保健施設協会の許可を得て掲載しております。